2008年7月6日日曜日

森林浴

毎度です、今日もありがとう御座います、苅部ことカリンです。いやですね、当クラブではウェブサイトはあるんですが、更新されず、ずっと止まっていましたので考えてたんです。

どーしよっかなーって。

「鎌倉にローターアクトあり」と呼ばれるくらいになると、WEBサイトくらいはやはり欲しい。でも、僕も含めWEBサイトの更新の仕方がわから、ない。まぁ、わからないにしても検索して自分で調べてやればできそうなものですが、それだとPCに不慣れな人にはそれこそハードルが高い。と思う。で、やっぱりこうなるんですよ。

どーしよっかなーって。

そこで考えました。WEBサイトは、ブログにしちゃおうってことで。これなら、全員が、簡単更新できるって。全員参加ってところが気に入った。よし、やりますか。でも、そんなに深く考えることないんです、メンバー月に一回更新するだけで、7、8回更新されるわけなんですから。月に一回くらいネタありますでしょう。2年前の情報によると、日本には3千万個のブログが存在していて、その半分は、一ヶ月に一回も更新されてない、なんて聞きました。なんで、月に10回弱でも更新されれば、ブログとしての価値はあると思います。よし、やりますか。

それから、ブログてのは、結構バカにならない。ブログやればHTMLとかも必要に迫られて勉強になるし、文章力も知らないうちにつくんじゃないですかね。且つ雰囲気が伝えられる。うん、いいとこだらけだ。まぁ、それがしなんか、グダグダとタイプしているだけなんすがね。よし、やりますか。

で、やるならやるで、ココでこんなこと普通公表しないだろ、てなもんですが、男苅部は曲がったことは大嫌い、隠し事なしの忠義モノなんで・・・というのはくどいから置いといて、まぁ、そんなに固くならずに、赤裸々にログってもいいんじゃないかな、と思っての次第です。まぁ、「鎌倉にローターアクトあり」と言われる今日ではありますが、ネット上でもひとつ、「鎌倉ローターアクトはこんなところか!いぇい!」と解るようなツールとなれば良いと思ってますんで、今後ともお見知りおきを願います。

さて、ご挨拶はこの辺にしておいて、早速ログります。

久しぶりに今日は近所を1時間ばかし歩きましてね、いや~気持ち良かった。ほら、昔の人なんかはよく歩いたじゃないですか、まぁ僕がイメージするのは幕末なんですがね、高知から東京までとか、すごい。中岡慎太郎
なんて「あいつは觔斗雲を持っている」と言われたほどに京都やら長州、長崎、土佐とか正に神出鬼没、それが国を憂いてのことですからね、感服します。

で、そんなことを思うと歩きたくなるじゃないですか。そんなこともあって、最近歩くのが好きで、今日は久しぶりに家の近所を歩いてた。そしたらこの前の年次大会を思い出しましてね。行った方は覚えてると思いますが、照さんが芝居の中で、公園の水飲んで「まじぃ!なんなんだよ、昔はもっとおいしかったのになぁ~」なんてのを思い出しました。照さん、元気にしてますか。

僕の住んでいるところは、人から「カリ山」と呼ばれてまして、字の如く、山の上にあるんです。それも見事に頂上、我ながらあっぱれ。小学校の頃、下界の人が流行りの銃撃戦で遊んでいた頃、僕等は木の上に藁の家作って遊んでた。土器とかも探したりしてね、今思ったけどあの見つけた土器は大発見じゃないのか。。。

なんせ山の上の住民ですからね、沖縄風に言うと山人(ヤマンチュ)、当時の流行で言うと野人(ヤジン)なんて言われてた。だから自然と自然の遊びになるわけです。同じヤマンチュでゆうちゃんという人がいましてね。どこにでもいる悪ガキ、いや、隣の市全体まで鳴り響いてたから生粋の悪ガキがいまして、学校帰りのバスを降りたら、その、お声がかかるんですよ。「今日はクワガタ獲りにいくぞ」 って、誘いとかじゃなくて、もう既に決定されてるんですよ。で、獲りに行くんですが、今思えばすごい。山のちょい奥地に入っていって、そこら辺の木を蹴るんですよ、思いっきり。そしたら、ボタボタボタっ!って、10匹くらいのカブトムシ、クワガタが落ちてくるんです。帰りはみんなでバケツ5杯くらい持って帰ったことを思い出します。ゆうちゃん、元気にしてますか。

今ではおそらくそこまで獲れないと思う。だって、網戸にカブトムシが飛んで来ない。昔なら網戸によく飛んでキタもんだのに。そんなことをですね、今日歩いていて思ったわけなんです。ザリガニも獲ったなー、もうそういった環境じゃないんだ、哀しいなって。でも逆に、歩いていれば山の上ですからね、今も変わらない緑を全身で感じまして、ホントに素敵だと思った。歩いてるだけで森林浴だった。間違えない、マイナスイオンは会議室で起こってるんじゃない、現場で起こっているんだ。

温暖化は進む進む、僕が生きてるたった30年間でも身をもって感じられることです。これを、我々は防がなければ、ならない。そうでなければ、150年前に日本国を憂いて命を晒してきた志士に申し訳が立たない、具体的に例えると、觔斗雲を持っていた中岡慎太郎に申し訳が立たない。先人が守ってくれたこの日本(地球)を、我等の代で終わらせてはならない。尽忠報国の為、動きます。と改めて感じた一日でした。

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